「隠れた父への祈り」

マタイの福音書6章5-13節  宗教改革者たちが用いたことばの一つに「コーラム・デオ」という言葉があります。これはラテン語で「神の前で」という意味で、「自分の人生全体が神の前にあること、その生活の隅々まで、全ての瞬間を神…

Read More

「隠れた所で見ておられる父」

マタイの福音書6章1-4節 Ⅰ. 良い行いをする際の動機 v1  私たちは人との関わりの中で生活しています。その中で、他人からどのように見られるかを意識するのは自然なことです。ただ、それが行き過ぎる時、その振る舞いは見せ…

Read More

「この世にはない教えー敵を愛せ」

マタイの福音書5章43-48節  ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい」(48節)。山上の説教の真骨頂とも言える究極の教えですが、これは一体どのように受け止めたらいいのでしょうか。 &nbsp…

Read More

「仕返しを超えて」

マタイの福音書5章38-42節  「悪い者に手向かうな。右の頬を打つ者には左の頬を向けよ。自分を訴えて剥ぎ取る者には、もっと良くしてやれ」。この主イエスのことばを、どのように思われるでしょうか。   Ⅰ. 不可…

Read More

「ことばにおける真実」

マタイの福音書5章33–37節  「本音と建前」という言葉があります。何かを勧めた時に「考えておきます」という答なら、多くの場合「断られたかも」と思った方がいいかもしれません。一方、私たちは子供の頃から「指切りげんまん」…

Read More

「結婚の意味」

マタイの福音書5章31-32節、19章3-12節  この箇所は離縁というデリケートな内容を扱うため、あまり注目されない所かもしれません。ただ、このみことばが聖書から失われるならば、神の定めた結婚の意義が曖昧にならないか&…

Read More