「われ信ず① ―人を立たせ、救う言葉」

2021年6月
コリント人への手紙第一 15章1-11節
牧師 中西 健彦

 推理小説作家ドロシー・セイヤーズの著書「ドグマこそドラマ」の冒頭にはこのように記されています。「最近、キリスト教会では好ましくない論調がある。教会に人が集まらないのは、説教者たちが退屈な教理ばかりを説いているからだ、という人々の声だ。しかし、事実は全く逆であり、教会が教理を教えないから退屈になるのだ。聖書の教えにこそドラマがあるのに、それを抜きにして耳に心地良いことばかり安売りしようとする。そのドラマは、使徒信条の中で極めて明快に述べられている。もし私達がそれを退屈というなら、使徒信条を本当の意味で読んだことがないからか、あるいは意味をよく考えずに機械的に唱えているためだ」。考えさせられる言葉です。毎週の礼拝でも使徒信条を唱えますが、それを単なる無味乾燥な言葉として理解してはいないでしょうか。しかし、使徒信条は聖書の大事な教えの結晶であり、教会が受け継いできた霊的遺産です。何を信じればいいかわからない混沌とした時代です。だからこそ原点に立ち返り、使徒信条に記された教理を再確認しましょう。初めに、使徒信条の骨格ともいえる「われ信ず」という言葉を取り上げたいと思います。

Ⅰ. クリスチャンは何を信じているのか v1-8
 「兄弟たち。私があなたがたに宣べ伝えた福音を、改めて知らせます」(1節)。コリント教会は、パウロの伝道によって生まれた教会でした。かつてパウロは福音を正しく伝えたはずですが、いつの間にかその理解が歪められていたようです。福音は一度聞けば、あとは自動的にその生き方に現れるとは限りません。忘れることもあれば、心の隅に追いやられることもあります。だから、福音は繰り返し教えられ、意識的に思い出す必要があります。
 ここでパウロは福音を信じることを、「受け入れる・立つ・しっかり覚えている」という3つの動詞で表しています。ちなみに、これらの動詞の時を表す形は全て違います。「受け入れる」は過去一度きりの出来事を表し、「立つ」には継続的な意味があり、「しっかり覚えている」はまさに今という時を指しています。つまり、福音を受け入れると決断したら、その福音に基づいて生活し、今もそれをしっかり覚えて生きるのだ、というのでしょう。福音とは、生きるもの。生活のあらゆる事柄を、福音の光に照らして見つめるのです。
 また、「知らせる」「覚える」という言葉は、理性を用いることと深く関わっています。クリスチャンになることは、考えることを放棄して、暗闇の中に飛び込む盲信ではありません。確かに、聖書の語る内容は人間の理解を超えています。しかし、信仰は理性に反するものでありません。むしろ、それは私達の曇った目を開き、よりはっきりと物事を見極める力を与えます。
 では、信ずべき福音とは何でしょうか。それについて、パウロは3節から「最も大切なこと」として記します。「キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと。また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです」(3-5節)。パウロは「キリストの十字架と復活」こそ福音の中心としています。また、その前提となっている教理もある。それこそ使徒信条の内容でしょう。特に、この箇所では「キリストの復活」が争点となっています。パウロはこの復活の事実を証するために、5節から復活した主イエスと出会った人々を挙げています。「誰々に現れた」と繰り返し、その事実をパウロは強調しています。

Ⅱ. 「わたし」の信仰 v3, 8-11
 個人的な主との出会いが、それぞれに用意されています。パウロも「私があなたがたに伝えたのは、私も受けたこと」(3節)と記しました。人々から伝えられた福音を、パウロ自身も個人的に受け取りました。それが自分の血となり肉となったので、情熱を持って語り得たのでしょう。伝道を考える際も、まず自分が受け取っていないと語れません。自分自身がまず福音を受け取り、喜びに溢れている時、それが何よりの伝道になるのです。
 この福音はパウロが考え出したものでなく、パウロ自身も教会から伝えられたものだといいます。彼は福音のタスキを受け取って、それを次の人に渡そうとしています。私達も信仰の先輩たちから福音のタスキを受け取り、自分に委ねられている区間を一生懸命走るのです。
 そこで大事になるのが「わたし」の信仰です。「わたし」という個人が神の前に立ち、自分と神様との関係を言い表す。もちろんそれは、個人的な信仰にとどまりません。「われ信ず」という人々の群れが、教会を形成するからです。使徒信条を唱える時、声に合わせて一人ひとりが告白する。それは言ってみれば、教会の合唱の中で自分のパートを歌うことです。パウロも福音を伝える際、そこに自分の名前を書き込みました。誰かが代わりに信じてくれるわけではない。他でもない「わたし」が信じる。そのように「われ信ず」と告白する時、私たちは歴史を刻んで世界大に広がる教会の仲間入りを果たしているのです。「とにかく、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです」(11節)。ここでパウロ個人が「ほかの人たち」とともに、「私たち」そして「あなたがた」という教会の交わりの中にいるのを見ることができます。使徒たちが伝えた福音は、教会の歴史の中で凝縮されていきました。確かに、キリスト教会の中でも様々な強調点の違いから教派が生まれました。けれども、クリスチャンならば共通して告白できる信仰がある。その一致を表すしるしの一つが「使徒信条」でしょう。
 パウロは自分のことを「月足らずで生まれたような私」(8節)と言いました。「月足らず」とは、死んだ状態で生まれる「死産」を表す言葉です。かつてパウロは神の教会を迫害しました。パウロはそれを後悔し、死んだ生き方だったと言っているのでしょう。ただそれにも関わらず、主は自分を救い、使徒として選び出して下さった。9節には、その喜びと感謝が表れています。パウロはイエス様を信じる前、教会の人々を苦しめていました。神の恵みはそんな人物さえも変えたのです。かつて教会を荒らし回っていたパウロですが、復活の主イエスと出会い、生き方が180度転換しました。ここに記されるのは、「私を見なさい。こんな私でさえも、イエス様と出会って変えられた」というパウロ個人の証です。「神の恵みによって、私は今の私になりました」(10節)という言葉は、クリスチャン全ての告白でしょう。神の恵みは人を作り変えます。教会の宣べ伝えた聖書の福音の上に、この「わたし」が立つ。また、この福音こそ、私を立たせ、私を救う言葉なのだと告白する。それが「われ信ず」という告白です。私達を取り巻く状況が変わっても、また私達の心が揺れても、決して変わらない福音を握って歩んで参りたいと思います。