「律法学者やパリサイ人にまさる義」
マタイの福音書5章17〜20節 「山上の説教」では、キリスト者の性格が様々な角度から明らかにされてきました。今回の箇所では、主の弟子は「律法学者やパリサイ人の義にまさる者」だと言われています。  …
マタイの福音書5章17〜20節 「山上の説教」では、キリスト者の性格が様々な角度から明らかにされてきました。今回の箇所では、主の弟子は「律法学者やパリサイ人の義にまさる者」だと言われています。  …
マタイの福音書5章14〜16節 約7年前、私は東京の神学校を卒業して札幌に来ました。その引越前後には小さな思い出があります。苦労しつつ荷造りしてそれらを送った後、照明も引越業者が持っていってしまいました。夜になると真っ…
マタイの福音書5章13節 主イエスは山上の説教の冒頭で「幸いな者」について語られました。心の貧しい者、悲しむ者、義のために迫害される者など、私たちの常識では不幸とされる人々が、神の目には祝福された者であると言われます。…
マタイの福音書5章 10〜12 節 山上の説教の入口にある「幸いの教え」の最後に来るのは、この言葉です。「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」ここに来て思いがけないテーマが来た…
マタイの福音書5章9節 大学生の頃、「平和学」の授業を取ったことがあります。そこでは、単に戦争がない状態を「平和」とは言わないことが教えられました。学校のクラスに喩えれば、1組では鬼のような先生がいつも厳しく目を光らせ…
マタイの福音書5章8節 あなたは神を見た経験があるでしょうか。そう聞かれると、「いや、神は目に見えないのに、果たしてそんなことがあるだろうか…?」と思うかもしれません。ですが、神が生きておられることを知らさ…
マタイの福音書5章7節 主が山上の説教の冒頭で語られた「幸いの教え」も後半に入ります。その前半の幸い(心の貧しい者・悲しむ者・柔和な者・義に飢え渇く者)は、おもに神との関係についてキリスト者の姿勢を描き出しました。これら…
マタイの福音書5章6節 I.「義に飢え渇く」とは 主イエスが山上の説教で語られた「幸いの教え」の4つ目は、「義に飢え渇く者は幸いです」というものです。キリスト者は、単に聖書知識を持つ人ではなく、生ける神との交わりの内…
マタイの福音書5章5節 クリスチャン精神科医ポール・トゥルニエが書いた「強い人と弱い人」という本があります。「世の中には、生まれつき強い人と弱い人がいる」と一般的に思われがちかもしれませんが、トゥルニエは人間をそう単純…
マタイの福音書5章4節 「悲しむ者は幸いです」という言葉は、私たちにある種の戸惑いを引き起こします。愚かなたわごとのように聞こえるかもしれません。しかし、それは悲しみを味わい尽くされた主イエスだからこそ、語り得る言葉では…
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