「この世にはない教えー敵を愛せ」

マタイの福音書5章43-48節  ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい」(48節)。山上の説教の真骨頂とも言える究極の教えですが、これは一体どのように受け止めたらいいのでしょうか。 &nbsp…

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「仕返しを超えて」

マタイの福音書5章38-42節  「悪い者に手向かうな。右の頬を打つ者には左の頬を向けよ。自分を訴えて剥ぎ取る者には、もっと良くしてやれ」。この主イエスのことばを、どのように思われるでしょうか。   Ⅰ. 不可…

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「ことばにおける真実」

マタイの福音書5章33–37節  「本音と建前」という言葉があります。何かを勧めた時に「考えておきます」という答なら、多くの場合「断られたかも」と思った方がいいかもしれません。一方、私たちは子供の頃から「指切りげんまん」…

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「結婚の意味」

マタイの福音書5章31-32節、19章3-12節  この箇所は離縁というデリケートな内容を扱うため、あまり注目されない所かもしれません。ただ、このみことばが聖書から失われるならば、神の定めた結婚の意義が曖昧にならないか&…

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「律法学者やパリサイ人にまさる義」

マタイの福音書5章17〜20節    「山上の説教」では、キリスト者の性格が様々な角度から明らかにされてきました。今回の箇所では、主の弟子は「律法学者やパリサイ人の義にまさる者」だと言われています。 &nbsp…

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「人々の前で輝く世界の光」

マタイの福音書5章14〜16節  約7年前、私は東京の神学校を卒業して札幌に来ました。その引越前後には小さな思い出があります。苦労しつつ荷造りしてそれらを送った後、照明も引越業者が持っていってしまいました。夜になると真っ…

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「あなたがたは地の塩です」

マタイの福音書5章13節  主イエスは山上の説教の冒頭で「幸いな者」について語られました。心の貧しい者、悲しむ者、義のために迫害される者など、私たちの常識では不幸とされる人々が、神の目には祝福された者であると言われます。…

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「義のために迫害されている 者は幸いです」

マタイの福音書5章 10〜12 節  山上の説教の入口にある「幸いの教え」の最後に来るのは、この言葉です。「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」ここに来て思いがけないテーマが来た…

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